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以後の出勤先は山となる。

地域づくり

今回、三重県伊勢市に住んでいた登山家、東浦奈良男さんの旧宅を訪ねる機会がありました。

奈良男さんは会社を定年退職した翌日から、毎日山へ登る生活を始めました。

目標は、一万日連続登山です。


登る山は、自宅から通える山が中心でした。自宅から歩いて山へ向かい、山頂に立ち、また家へ帰るという生活を続けてみえました。

 この連続登山は27年間続きました。しかし体調を壊され歩けなくなり、記録は 9738日 で途切れます。一万日達成まであと一年を切ったところだったとのことでした。


今回の訪問では、フィールドワークのメンバーとともに旧宅を訪ね、奈良男さんのお孫さんである吉川さんと、奈良男さんの娘さんから生前の様子についてお話をうかがいました。

家の中には、奈良男さんが残した資料が展示されていました。

昭和三十年代から書き続けられた 42冊の日記、山行の写真、自作の登山用具、実際に使っていたリュックや靴、衣類など。

それらは吉川さんたちご家族の手によって丁寧に並べて展示されていました。


実際に使われていた道具や、長い年月書き続けられた日記を目の前にすると、感動という言葉よりも、むしろ強く魅了されるような感覚がありました。


奈良男さんは、定年退職の翌日から山へ登り続けました。
特別な一日ではなく、毎日です。

一歩一歩、
一日一日、
その積み重ねが続いていく。

その時間が何千日にもなると、気がつけばそれは記録というより、その人の生き方として残っていきます。


旧宅で日記や道具を見せていただきながら、なぜこの人は毎日山へ向かい続けたのだろうと考えていました。

奈良男さんがどのような思いで山へ向かっていたのか、その答えがはっきり示されているわけではありません。けれど、記録として残された日記や道具、そしてご家族から聞いた話を通して、その人が積み重ねてきた時間に触れることができたように思います。

その理由を考え続けてしまうような余白があり、そのこと自体が奈良男さんという人に魅了される理由なのかもしれません。


奈良男さんの 山登りの装備 かなり軽装でした。



本当に沢山の本がありました。


リュックには 洗濯ばさみ、額縁、網、様々なものが付けられていました。

ご自身で使い勝手の良いものとされてみえたのでしょうか。



娘さん、お孫さんから、生前の奈良男さんのお話を聞かせていただきました。

本当に昔から、山登りが好きで、ご家族でも何度も山へ向かわれてみえます。

富士山での登山写真が何度もありました。



このご自宅を購入され、入居されたその日、

奈良男さんが襖にこの絵を描かれたそうです。

ご自宅のいたるところに、奈良男さんの言葉があります。