
やれることを重ねて、まちが動いていく― いなべ・松風カンパニーを訪ねて
朝のいなべは、山の稜線が澄んでいて、空気がやわらかく感じました。
今回訪れたのは、阿下喜(あげき)を拠点に活動する「松風カンパニー」。
「楽しんでいたらまちができていた」という言葉が印象的な会社ですが、
そこにあるのは派手な活動ではなく、“やれることを重ねてきた日々の積み重ね”でした。
阿下喜のまちを歩くと、点在するお店がそれぞれに息づいています。
八風農園で野菜を育てる人、パンを焼く人、料理をする人、場所をつくる人。
それぞれが「自分にできること」を持ち寄り、無理せず続ける。
その結果、まちが自然と動き始めているのを感じました。
新上木食堂 — 食べることの原点にあるもの
最初に訪れたのは「新上木食堂」。
建物は2023年にリニューアルされ、明るく開放的な雰囲気の中で食事を楽しめるお店です。
となりには、きれいに整備された温泉施設と「AGEKI BASE HOTEL」が並び、
新しい風を感じる阿下喜の拠点となっていました。
ランチでは、八風農園の野菜を中心にした季節の料理をいただきました。
一皿ごとに素材の声が聞こえるような、やさしい味。
“食べること”が暮らしの真ん中にあるという実感がありました。

日替わりランチ
【国産鶏むね肉のカツレツ~エスニックソース~】
季節野菜のサラダ 自家製マヨネーズの和風ポテトサラダ
いなべ産大豆の冷奴 酢蓮根 漬物
白飯「いなべ産 新米 いのちの壱」
手前味噌のお味噌汁

人に会いにいく旅「農を基軸とした、小さな経済圏のつくりかた」松風カンパニー:OTONAMIE

フライベッカーハウス — パンと人生の物語
次に訪れたのは「フライベッカーハウス」。
ドイツ国家資格を取得したパン職人の寺園さんが、
「ワインに合うパンを焼きたい」と思ったことから始まったお店です。
お店に並ぶのは、八風農園で育ったライ麦や古代小麦を使ったパン。
香りが深く、ひとくちで“ていねいに焼かれている”のがわかります。
「暮らしの延長にパンづくりがある」という思いが伝わってきました。


八風農園 — 農がまちを支える場所
続いて向かったのは、松風カンパニーの原点「八風農園」。
たくさんの畑で、年間80種類ほどの野菜を栽培しています。
収穫した野菜や麦は系列店舗に届けられ、阿下喜の“食の循環”を支えています。
畑には鶏の声、乾いた風の音、そして土の匂い。
自然の中、静かだけれど力強いものでした。
無理をせず、自分たちの手でやれることを重ねて、
足りないところは周りの人たちと補い合う。
そんな温かい循環を、農園の中に感じました。


桐林館喫茶室 — 声を使わない会話
旧阿下喜小学校を活用した「桐林館喫茶室【筆談カフェ】」にも立ち寄りました。
ここでは、声を出さずに筆談やジェスチャーで会話をします。
運営しているのは「一般社団法人kinari」の代表・夏目さん。
看護師、手話通訳者、コミュニティナースなど多彩な経歴を持ち、
“伝えることの多様さ”を体験できる場所としてこのカフェをつくったそうです。
静かな空間の中で、コーヒーの香りとペンの音だけが響く時間。
「伝える」と「伝わる」の違いを、改めて考えるひとときでした。


nord と Punkt. — 日常にある拠点
阿下喜のまちを歩いていると、
角を曲がるたびに「nord」や「punkt.」といったお店が顔を出します。
どちらも松風カンパニーが手がける店舗で、
“働く・集まる・ほっとする”場所として、まちの中に自然に溶け込んでいました。
どれも「特別な場所」ではなく、「いつでも寄れる場所」。
この“日常の拠点”こそ、まちを支える小さな柱だと感じました。
岩田商店 — まちが動く瞬間
最後に訪れたのは、阿下喜商店街の一角にある「岩田商店」。
2階のギャラリーで、松風カンパニーの松本さんと中村さんを囲んで、
クロストークが行われました。
「最初からまちづくりを考えていたわけではなく、
自分たちがほしいと思った場所をつくっていたら、
結果的にまちになっていたんです。」
その言葉の中には、まちづくりというより“暮らしづくり”の視点がありました。
私自身も、不動産の仕事を通して感じるのは、
「住む場所」だけでなく「使う場所」「集まる場所」があることの大切さです。
現地で多くの話を聞きながら感じたのは、
掲示板やイベントなど、単体では収益にならなくても、
そこからつながる人や企画の連鎖が、結果的にまちを動かしていくということでした。

地方でアートに親しみ、カルチャーが育つギャラリーを―いなべ市・阿下喜商店街「岩田商店ギャラリー」の挑戦:OTONAMIE

SORRY NEBOSUKE、PHAKCHI HITOMI
DUO EXHIBITION
2025.11.01(sat)〜11.30(sun)

— やれることを重ねて
いなべで過ごした一日は、「暮らしをデザインする」という言葉の意味を考える時間になりました。
無理をせず、自分たちの手でやれることを重ねて、
足りないところは周りの人たちと補い合う。
その姿勢が、結果として“まちが動く力”になっているのだと思います。
農地LINKでも、そんな循環のあるまちを、
土地や人とのつながりを通して少しずつ形にしていきたい。
そう思えた、学びの多いフィールドワークでした。
最後に
今回のフィールドワークに参加させていただき、本当にありがとうございました。
松風カンパニーの皆様、そして一緒に学んだ参加者の皆様と過ごした時間が、
これからの自分の活動を考える大きなきっかけになりました。
それぞれの場所で、それぞれのやり方で“やれること”を重ねながら、地域が少しずつ動いていく。
その現場に立ち会えたことに、心から感謝しています。


